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17世紀にルーマニア人貴族ミハイ・カンタクジが、現在のイスラエルへ巡礼の旅に出かけ、聖書にも登場するシナイ山を訪問。帰国後、この地に「シナイ山」にちなんで「シナイア僧院」を建て、それがシナイアという町の由来になったのです。 一部増築した以外は当時のままの状態で残されています。内部のフレスコ技法によるイコン画は素晴らしいの一言。修道院の名はやがて町の名前になりました。その後、ルーマニア国王カロル1世(在位:1881~1914)がこの地に夏の離宮(ペレシュ城)を建て、このあたり一帯は高級リゾート地として発展します。 |
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