ブラショフ


ブラショフ観光(brasov)

Schei (シュケイ)地区:ブラショフがドイツ移民によって建設された際、街に住むことを禁止され移住を余儀なくされた先住ルーマニア人たちが移り住んだ地域です。街中とスケイ地区を隔てとなっていたスケイ門とエカテリーナ門は現在でも残っています。また、聖ニコラエ教会とルーマニア最古の学校があります。

黒教会(Black Church)写真左下

14世紀から15世紀にかけて、約80年かけて建てられたゴシック様式の教会です。1385年ごろに破壊された以前の教会に代わり、1477年に作られたゴシック様式の教会です。1689年の戦いで、ハプスブルク帝国軍が侵入してきた際の大火の煙で黒くなったことにより、『黒の教会』と呼ばれるようになりました。教会内には4000本のパイプと4つの鍵盤を持つルーマニア最大のパイプオルガンがあります。

聖ニコラエ教会(St. Nicholas Church)写真右下
聖堂は1292年に建立された。1399年に出された教皇ボニファティウス9世の教皇勅書に言及されている。1495年には、ワラキアのヴォイヴォダであったヴラド・カルガルル(Vlad Călugărul)の支援のもと、現地の石材を使った再建が始まった。1522年にはさらなる支援がネアゴエ・バサラブ(Neagoe Basarab)から行われた。当初はゴシック建築様式で建てられていたが、のちにバロック建築様式に変えられた。聖堂内にはフレスコ画があるが、これは有名な壁画家であったミシュ・ポプ(Mişu Popp)によるものである。

エカテリナ門(Ecaterina's Gate)写真上

1559年に仕立て屋ギルドによって建てられた門で、聖カタリナ修道院にちなんで名付けられたと言われています。ブラショヴの中世の城壁に残っている唯一の元の出入口で、16世紀半ばに建設された建築物です。この門は1559年に建てられた防御塔とつながっており、当時はドイツ人とルーマニア人の区域を分ける出入口として使用されていました。


   

目次へもどる

直線上に配置