リガ城



リガ城(Rigas Pils):100名城

1997年世界遺産に登録された「リガ歴史地区」にあるリガ城は、リヴォニア騎士団とリガ市民の抗争の際に破壊された城の代償として、敗北した市民が1330年につくった城です。
1297年から1330年、ラトビアのリガでは、リヴォニア騎士団とリガ市民との間で、激しい衝突が起こっていました。14世紀初頭、リガ市民が騎士団の城(現在の聖ヨハネ教会近く)を破壊します。長い抗争の結果、市民側の敗北で終わり、破壊した城の代償として、リガ市民は、現在の場所に城を建てさせられます。
創建時のリガ城は軍事目的の要素が強かったため、石造りの厚い壁で覆われた造りでした。周囲は堀で囲まれ、市街からも分離していました。リガ城は、1470年まで騎士団長の居城として使用されていましたが、その後騎士団が解散すると、ポーランド、スウェーデン、ロシアの支配下に置かれます。支配者が変わる度、増改築が繰り返され、創建当時の面影を見ることはできません。現在、リガ城は北側部分がラトビア歴史博物館として、ほかの部分を大統領府として使用されています。


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