第32番札所 東慶寺



32番 松岡山 東慶寺

鎌倉33観音霊場第32番札所

・本尊:聖観世音菩薩 臨済宗円覚寺派

・住所:鎌倉市山ノ内

・ご詠歌:たのもしや 誓ひの道は 常盤にて そのしるしある 松の岡山

・由緒等:東慶寺に残る過去帳等によれば「開山潮音院覚山志道和尚」とある。覚山尼は安達義景の娘で、鎌倉幕府の第8代執権・北条時宗の夫人である。

1284年(弘安7年)4月、北条時宗の臨終の間際、無学祖元を導師として夫婦揃って落髪(出家)し、覚山志道大姉と安名し。そして翌1285年(弘安8年)に第9代執権・北条貞時を開基、覚山尼を開山として当寺は建立されたと伝える。

ただしそう伝える東慶寺の古文書は江戸時代のものであり、現存する古文書で覚山尼を東慶寺開山とするもっとも古いものは戦国時代天文頃の『五山記考異』である。

鎌倉時代の東慶寺に関する確実な史料は梵鐘の銘文である。鎌倉幕府滅亡前年の1332年(元徳4年)に東慶寺の梵鐘が完成した。ただし今は東慶寺にはなく、静岡県韮山の本立寺にある。その銘文によると大檀那は覚山尼の子、9代執権北条貞時の妻覚海円成である。住持に果庵了道の名があり、

他に首座(しゅそ)比丘尼、都寺(つうず)比丘尼の名も見える。このことから東慶寺は鎌倉時代からあり、かなりの規模を持つ北条得宗家ゆかりの尼寺であったことは確実とされる。

・雑感:円覚寺の次い訪問すると質素な印象が強いです。あまり映える写真が撮れません。





トップページへもどる

直線上に配置