第14番札所
・住所:秩父市中町25-12
・山号・院号・寺号:長岳山 今宮坊(ちょうがくさん いまみやぼう)
・ご詠歌:むかしより たつとも知らぬ 今宮に まいる心は 浄土なるらん
・三千女奉納額:「第十四番」武田信玄は配下の失敗をこの寺の霊験にて許した。 当山の霊験が数多くある中に、武田信玄の家臣山形三郎兵衛の組頭である石原宮内は、常に観音を信じ、兵法にも詳しい者であったが、時田合戦の時、軍陣の配置指揮を間違え、進退が悪くなったので、信玄は非常に怒って、すぐに兵を立て直して、最終的に勝利をおさめた。後日、宮内が「私の陣備えでも負けることはなかったのに、信玄公は短気である」と人に語っていたのが信玄の耳に入り、たいそう腹を立て、「兵法の準備は、たとえ陳平・張良ですらも間違うことはあるので咎めもしないのに、意味のない言葉で、主人を中傷するなどとは不届き者である」と、死罪を命じた。その日は既に十七日であったので、宮内は一心に観音を信じて、翌日が縁日なのでその日に死ぬのがせめてもの救いであると覚悟していた。その夜、信玄の夢に十歳ぐらいの小坊主が現れて、「私は今宮の者です。宮内をどうか助けてください」というので、仏のお告げと思い、急いで山形に命じて助けたばかりでなく、側近にとりたてて褒美を与えた。実に有り難い霊験である。
・由来:秩父札所14番寺の近くには今宮神社があります。この神社と今宮坊は同じところにありました。長岳山正覚院金剛寺といい聖護院直末の寺で修験道の大宗でありました。秩父札所14番の屋根に宝珠をのせた観音堂は、間口奥行とも三間の方形造りの飾り気のない端正な建物で、本尊は1尺9寸(約57.6cm)の木彫漆箔置き・半跏趺坐像の聖観世音です。701年役行者が、この社の境内の池に、仏法を守り水を司る神として八大龍王をまつったところから、今宮神社は八大宮とも呼ばれております。秩父札所14番観音堂は、元来今宮坊の境内にある一堂宇で、巡礼者は八大宮をお参りしたのち参道を通って隣接の観音堂にお詣りするのを通例としていました。むかし、秩父へ武田軍が攻めこんで来た時、石原某は信玄の勘気にふれて切腹を命ぜられました。石原はこのお堂にこもって終夜観音様を祈りつづけていました。すると切腹直前に早馬が来て許されたという話が伝わっております。(秩父札所巡りHPより)
・雑感:「秩父巡礼発祥の地、今宮神宮」の所にあるのかと思い本堂を探してしまいました。龍神池とかもあって、なかなか良い所です。14番札所は神社の北側少し離れた所にひっそりとありました。御朱印も地味な場所でやっています。
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