第9番札所
・住所:奈良市登大路町48
・交通:近鉄奈良駅下車徒歩5分
・山号・院号・寺号:興福寺(南円堂)
・通称:
・本尊:不空羂索観世音菩薩
・ご詠歌:春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうす雲
・由来:興福寺の歴史
天智天皇8年(669)に藤原鎌足が造立した釈迦三尊像を安置する為に、夫人の鏡女王が京都山科の私邸に建てた「山階寺(やましなでら)」を始まりとする。その後飛鳥廐坂の地に移し「廐坂(うまやさか)寺」と称した。
都が平城京へ移されるに及んで、平城京左京三条七坊のこの地に移し「興福寺」と改号し、創建の年を和銅3年(710)とする。その後天皇や皇后、また藤原氏の人々の手によって次々に堂塔が建てられ整備された。奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つに数えられた。特に摂関家藤原北家との関係が深かったために手厚く保護され、寺勢はますますさかんになった。
平安時代には春日社の実権を手中におさめ、大和国を領するほどになった。鎌倉・室町時代には幕府は大和国に守護を置かず、興福寺がその任にあたった。幕府による宗教政策が厳しかった江戸時代には21000石余の朱印が与えられた。
明治時代初めの神仏分離令・廃仏毀釈・社寺上地令などで興福寺は荒れたが、その後の努力で復興し、新しい興福寺の歴史を刻んでいる。(西国三十三か所巡礼の旅HPより)
・雑感:朝一番に訪問。見所満載の興福寺ですが、巡礼では南円堂にのみ訪問。鹿がお迎えです。
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