妙雲寺 (60番横峰寺 前札所(旧跡))



妙雲寺 (60番横峯寺 前札所(旧跡))

・住所:愛媛県西条市小松町妙口甲716

・由来:妙雲寺は、天平5年(733年)に石仙菩薩により開基された。その後、空海が巡錫し如来応現の霊地として横峰寺の前札所と定めた。天文7年(1538年)に剣山城主黒川氏が蔵王権現懸仏を奉納した。隣接する䂖土神社は、神仏分離までは蔵王権現堂かつ妙雲寺の鎮守社であり、一体的に運営されていた。
  江戸時代には小松藩主一柳氏の祈祷寺であり、第3代藩主の一柳直卿が「蔵王宮」の扁額を奉納している。明治期の、清楽寺と横峰寺との関わりは、

 明治 4(1871) 60番横峰寺が廃仏毀釈により廃寺となり、清楽寺が60番となる。
 明治12(1879) 横峰寺が大峰寺の名前で復興する。→60番問題発生。
 明治17(1884) 60番(横峰寺)の前札所であった妙雲寺が火災で焼失。廃寺。
 明治18(1885) 大峰寺を60番とし、清楽寺を60番前札所とすることで決着。
 明治42(1909) 大峰寺が、横峰寺の名に戻される。

その後、妙雲寺は復興されましたが、前札所に復することは出来ませんでした。妙雲寺は今は、(前札所ではなく)「元の前札所」「前札所旧跡」などと称ばれています。

・雑感:いろいろあったようですが、今回は、清楽寺ではなく妙雲寺に参拝しました。


 


   


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