船岡堂 (31番竹林寺 奥の院)
・住所:竹林寺に同じ
・由来:明治の初め、土佐では廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた。土佐を代表する名刹であった竹林寺も例外ではなく、すっかり荒廃してしまった。これを復興したのが明治から大正にかけて住職を務めた傑僧・船岡芳信師である。
船岡師は余命幾ばくもないことを悟ると、自分は死後も弘法大師に倣ってこの地に留まり人々を救済するという誓願を残して入定した。
船岡師の遺言に従い、遺骸を納めた甕を安置したのが船岡堂である。米を一升供えて祈願すれば、一生に一つだけ願い事をかなえてもらえるという。
・雑感:竹林寺は今回で4回めの訪問になりますが、これまで見向きもしなかった場所に船岡堂はありました。
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