37香川県 白峰宮



所在地:香川県坂出市西庄町1719
アクセス:JR八十場駅から徒歩で5分白峰宮

由緒
保元元年(1156)、保元の乱に敗れた崇徳上皇は讃岐に流され、雲井御所に3年仮住まいの後、国衙(坂出市府中町)近くの鼓岡に行宮を造営。
  配流から8年後の長寛2年(1164)8月崩御し、御所からの返事を待つ間、当社裏手にある弥蘇場の霊泉に玉体を安置。同年9月に宣下により白峰山に白峰陵を築き、荼毘に付されました。
  上皇の遺体が霊泉に浸されてから白峰山にて荼毘に付されるまでの間、毎夜付近の霊木に神光があったといい、同年10月に二条天皇の命により社殿を造営し上皇の霊を奉斎したのが当社の創祀とされます(別名の明ノ宮はここに由来するそうです)。
 高倉天皇は当国の稲税千束を納め、土御門天皇は当宮を勅願所とし、後嵯峨天皇は社殿を再建し御宸筆の願文に手形の朱印を加え荘園を寄進と、歴代天皇の尊崇が篤かったようです。
  明治以前は崇徳天皇社野沢井宮、崇徳天皇明の宮と称されていましたが、明治5年に県社に列格、白峰宮と改称されました。
  なお、別当を務めた金華山摩尼珠院妙成就寺(四国八十八ヶ所霊場第79番札所)は明治の神仏分離令により廃寺。近隣の林田町にあった高照院が移転して第79番札所を引き継いでいます(金華山高照院天皇寺)。境内は白峰宮と天皇寺で一体化しており、参道奥が白峰宮、参道左右に天皇寺という配置。

私的満足度「★」:お隣というより混然一体として存在しています。





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