所在地:徳島県徳島市徳島町 アクセス:JR高徳線徳島駅〜徒歩 文化財:国史跡 徳島城の起源は南北朝期に細川氏によって創築されたと言われる渭山城である。秀吉の四国征討後に入城した蜂須賀家政は渭山城と山麓の寺島城を合体させて城を新築、地名を徳島と改称した。以後明治に至るまで蜂須賀氏の居城となった。山上に三階櫓(天守)が築かれ、御殿は山麓に置かれた。 廃藩後、大手門である鷲の門を除く建物はすべて取り壊され、城の南を流れる寺島川は埋め立てられ鉄道が敷かれた。鷲の門は昭和20年の戦災で焼失したが、平成元年になって復元されている。 旧徳島藩主蜂須賀公の居城跡です。名前のとおり本市中心市街地に位置しており、明治39年に開設されて以来今日まで身近なレクリエーションの場として親しまれ、その由来や位置等から市民に象徴的な存在として親しまれています。 平成元年に市制100周年を記念して篤志家の寄贈により鷲の門が復元され、続いて数寄屋橋を木橋にかけかえ、徳島城博物館の開館により城跡公園として整備されました。平成18年1月26日に、徳島城跡が国史跡指定となりました。また国指定の名勝である庭園は、旧徳島藩主蜂須賀公の居間や表書院の庭として作られたものです。上田主水(宗箇)作の桃山時代風の名園で、枯山水庭と築山泉水庭の二つの庭が、観賞式と池泉廻遊式を兼ね具えています。 (徳島市HP等より) 私的満足度「★★」:麓も勿論見所覆いのですが、山頂に到る石垣も見事です。 |
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