30和歌山県 養翠園

フレーム

所在地:和歌山市西浜1164番地
アクセス:JR和歌山駅〜バス
形式・作庭:池泉回遊式、船遊式、借景式大名庭園
文化財:国指定名勝

「養翠園」は紀州徳川家第十代藩主 徳川 治寶 が隠居所であった西浜御殿からの清遊の場、外来者の接待の場、として1818年(文政元年)より8年ほどかけて造営した 大名庭園で、敷地面積約7,000坪あり、池が3,500坪あります。
「養翠園」の命名は 三条 公修 公で「マツ」の「ミドリ」を「ヤシナウ」「ソノ」と言う意味です。ちなみに 三条 公修 公は明治の元勲 三条 実美 公の祖父にあたる方です。
徳川 治寶 公が養翠園に来遊されるおりは、西浜御殿より船で出て大浦湾を経て、園内御船倉へ入り、庭園内へ直接上陸されます。
御客様は駕籠にて、正門より来園されます。養翠園庭園は池泉回遊式、船遊式、借景式の大名庭園で、大名庭園でありながら御茶を楽しむという目的のため花物は季節を知るためカキツバタ、アヤメ、アジサイ、ツバキ、等有りますが、現在の公園のように沢山の数はなく、松を主体とした庭園となっています。
松は約1,100本あり、仕立ては「立華すかし」と言う手法で、下から上に持ち上げるような格好に仕立てられ、京風の仕立てと違い線の太い豪快な仕立て方法となっています。
養翠園は大浦湾、水軒浜、の海浜に隣接していますが、庭園は海の景色を意図的に取り入れず、正面には天神山、側面には高積山、の山並みの景色を借景とし、海と山の対比を考えて作られています。
又、海浜の特長を生かし、池は海水を取り入れた「汐入」で、2ケ所に樋門があり、潮位で変化のある池の水位を調整しています。池が海水のため、魚はイナ、ウナギ、ハゼ、など海と川の境目に生息する生物が沢山居ります。
このような海水を取り入れた「汐入」大名庭園は現在、全国で「養翠園」と東京の将軍家のお庭であった「浜離宮庭園」の2ケ所だけです。
庭園の景色は大きく2つに分けられ、三ッ橋、守護神島、太鼓橋、より東方は直線的な護岸壁を持つ西湖を模したと言われる中国的手法で作られ、護岸壁の直線と山の曲線の対比をよく考えて作られていると言われています。
西方、建物寄りは曲線的な護岸壁を持った日本式手法で作られ、庭を周遊しながらその景色の変化を楽しむ構造となっています。(養翠園HPより)

私的満足度「★★」:かつては舟に乗ってここまでやって来たようです。


目次へもどる

直線上に配置