住所:利根郡みなかみ町橋下
アクセス:JR上毛高原駅〜徒歩
文化財:町指定史跡
明応元年(1492年)、沼田城主の沼田景久が築城し、次男の景秋を700貫(約3500石)で入れ、小川氏と名乗ったとされます。二代目三郎景祐が主家に謀反し敗死後、弟の秀泰が三代目を継ぎました。大永二年(1522年)に秀泰が亡くなり、景奥が継ぎましたが、大永四年(1524年)に北条氏に攻められ秀泰は戦死、その先に秀泰の嫡子の景季が戦死しており、北能登守が城代を勤めました。赤松捨五郎祐正が京都より来て、客分として活躍し、その後、景季の未亡人と結婚し、上杉謙信の許可の上、小川可遊斎と名乗りました。天正六年(1578年)の謙信の死去し、天正八年(1580年)に北条氏邦に攻められ落城、小川可遊斎は越後に逃れました。その後は真田氏がこの地を支配し、真田昌幸の配下として北能登守が城代として、天正二十年(1592年)頃まで在城しました。その後は、城史が不明ですが、沼田真田氏五代の真田伊賀守信澄が藩主になる前、寛永十五年(1638年)から十八年間この城の三の郭に陣屋を構えていたとされます。信澄が藩主として沼田城に入った以後、この城は廃城になったとされます。 (現地案内版等より)
私的満足度「★★」:新幹線駅から徒歩5分で、けっこうな中世城郭跡があり驚きます。
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