08茨城県 水戸城

フレーム

所在地:水戸市三の丸
アクセス:JR常磐線水戸駅〜徒歩

水戸城址:鎌倉時代に馬場氏により建てられた館が江戸氏・佐竹氏と渡り、慶長14年(1609年)徳川家康公が11男・徳川頼房公を封じ水戸徳川家の誕生とともに水戸城となりました。 明治5年の火災と昭和20年の空襲で全焼しました。
水戸城薬医門:この門は、本城橋のたもとに建てられていた城門と推定されています。安土桃山時代の建築様式がみられ佐竹氏時代のものと考えられています。明治維新後各地に移転されましたが、旧本丸跡の県立水戸一高敷地内に移築復元されています。
弘道館:水戸藩の藩校として第9代藩主 徳川斉昭公により天保12年(1841年)8月に創設されました。藩士に文武両道の修練をつませようと武芸一般はもとより、医学・薬学・天文学・蘭学など幅広い学問をとり入れた、いわば総合大学というべきものでありました。安政4年(1857年)には鹿島神社と孔子廟(こうしびょう)を祀って弘道館の本開館式を行いました。当時の藩校としては国内最大規模のものでした。
第15代の将軍となった徳川慶喜公も、父斉昭公の厳しい教育方針で5歳の時から弘道館において英才教育を受けました。慶応3年(1867年)の大政奉還の後、謹慎した至善堂(しぜんどう)が今も残っています。
弘道館は国の特別史跡になっており正庁・至善堂・正門の3ケ所は重要文化財に指定されています。敷地には、梅が60種800本が植えられており、梅の名所となっております。(水戸市観光協会HPより)


写真上水戸城薬医門
写真下:弘道館
私的満足度「★★」:梅の時期に来ました。偕楽園よりも弘道館の梅が印象的でした。


目次へもどる

直線上に配置