所在地:飽海郡遊佐町大字上蕨岡字松ヶ岡51 アクセス:遊佐駅~タクシー 社伝によれば、第十二代景行天皇の御代当国に現れ、神社の創祀は第二十九代欽明天皇二十五年(五六四)の御代と伝えられている。鳥海山は活火山で、噴火などの異変が起こると朝廷から奉幣があり鎮祭が行われた。本社は山頂に鎮座し、麓に「口ノ宮」と呼ばれる里宮が吹浦と蕨岡の二カ所に鎮座する。 大物忌神社は貞観四年(八六二)十一月官社に列し、延喜式神名帳には名神大社として、吹浦鎮座の月山神社と共に収載されている。後に出羽国一之宮となり、朝野の崇敬を集めた。特に歴代天皇の崇敬篤く、八幡太郎義家の戦勝祈願、北畠顕信の土地寄進、鎌倉幕府や庄内藩主の社殿の造修など時々の武将にも篤く崇敬されてきた。 中世、神仏混淆以来、鳥海山大権現として社僧の奉仕するところとなったが、明治三年(一八七〇)神仏分離に際し旧に復して大物忌神社となり、明治四年五月吹浦口ノ宮が国幣中社に列したが、同十三年(一八八〇)七月に山頂本社を国幣中社に改め、同十四年に吹浦・蕨岡の社殿を口ノ宮と称えて、隔年の官祭執行の制を定めた。昭和三十年(一九五五)に三社を総称して現社号となる。山頂の御本殿は、伊勢の神宮と同じく二十年毎に建て替える式年造営の制となっている。現在の御本殿は平成九年に造営された。(遊佐町HPより) 私的満足度「★★」:吹浦口にはかつて大人の休日クラブパスを利用して参拝したことはあるのですが、今回はクラブツーリズムのツアーで「蕨の宮口」に参拝です。建物的にはこちらのほうが立派な感じですが、如何せん不便な場所にあるので誰もいません。 |