住所;岩手県遠野市東舘町
アクセス;JR遠野駅〜徒歩
文化財:
中世の豪族・阿曽沼(あそぬま)氏の居城。阿曽沼氏は始め横田城(護摩堂(ごまどう)城・現在の遠野市松崎町横田)を本拠地としていた。横田城は遠野盆地の西北部、猿ヶ石川の北岸に位置し、標高約300メートル、川床との比高は35〜40メートルと低くたびたび洪水の被害に遭ったため、阿曽沼広郷(あそぬまひろさと)の代になって天正年間(1573-1591)の初めごろ(中ごろという説もあり)、本拠地を鍋倉山に移した。鍋倉城は阿曽沼氏の旧居城の名を受けて横田城とも、新横田城とも呼ばれた。
豊臣秀吉の奥州仕置によって鎌倉時代以来400年にも及ぶ阿曽沼氏の支配は終わり、慶長6年(1601)遠野は南部氏の治下に入る。最初は城代が置かれたが、阿曽沼氏残党による治安の悪化や仙台藩との藩境である重要性を考え、南部27代利直は三戸南部と並ぶ有力な一族である八戸南部・直義(なおよし)にこの地を支配させることとし、寛永4年(1627)直義が遠野に入部、以後240年あまりの遠野南部氏12,500石の時代が明治維新まで続く。(岩手の城・館HPより)
私的満足度「★★」:城跡には竹下総理の1億円で建てた展望台が。5月2日なのにまだ桜が咲いていません。
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